最高裁判所第一小法廷 昭和52年(オ)1321号 判決 1978年7月10日
上告人
有限会社ケンコー薬品
右代表者
山形八重子
右訴訟代理人
竺原巍
山本毅
被上告人
實成多加代
右訴訟代理人
河原太郎
河原昭文
主文
原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。
本件訴を却下する。
訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
理由
上告代理人竺原巍、同山本毅の上告理由第二点について
原審が確定した事実関係は、おおむね次のとおりである。
(一) 昭和四七年五月ごろ、被上告人の娘實成安佐子は上告人会社(当時の商号は有限会社實成薬局)の代表取締役、被上告人は同会社の取締役であつたものであり、また、上告人会社の社員の持分合計二二〇口のうち一〇〇口は被上告人の、九三口は實成安佐子の、一〇口は被上告人の娘山崎名津枝の、一〇口は右安佐子の夫の實成豪の各出資にかかり、残余の七口も被上告人の親族の者が出資していて、上告人会社は被上告人及び實成安佐子を中心とする同族によつて経営されていた。
(二) 上告人会社は、昭和四七年三月ごろから経営に行詰りを来したため、被上告人、實成安佐子、實成豪、山崎名津枝の夫山崎雅史らが協議した結果、被上告人、實成安佐子らはその持分を訴外山形和三郎、同八重子夫婦に譲渡して上告人会社の経営から手を引くことになり、同年五月二八日被上告人の持分一〇〇口のうち四〇口を山形八重子に、六〇口を山形和三郎に、實成安佐子の持分九三口のうち九〇口及び實成豪の持分一〇口全部を山形和三郎に譲渡することがそれぞれの当事者間で合意され、右山形夫婦は右各持分譲渡を受けたことの代償として上告人会社が当時負担していた債務の弁済等のため金五〇〇万円を出捐し、被上告人及び實成安佐子は上告人会社に対し取締役の辞任届を提出した。
(三) ここにおいて、昭和四七年五月二八日上告人会社の社員総会において、(イ) 前記各社員持分譲渡の承認、(ロ) 山形夫婦を取締役に、更に山形八重子を代表取締役にそれぞれ選任すること、(ハ) 右(イ)、(ロ)に伴う、定款中の社員の氏名、住所、出資口数、取締役、代表取締役に関する記載の変更を内容とする決議がなされたとして、山形夫婦が取締役に、更に山形八重子が代表取締役に就任した旨の登記がそのころなされ、以後右両名が事実上上告人会社の経営にあたつて今日に至つている。
また、昭和四七年六月一一日上告人会社の社員総会においてその商号を有限会社實成薬局から有限会社ケンコー薬品に変更する旨の決議がなされたとして、そのころ右商号変更の登記がなされている。
(四) 被上告人が前記各社員総会決議の不存在の確認を求める本件訴を提起したのは、前記社員持分譲渡の合意がされてから約三年を経たのちのことである。
以上の事実関係のもとにおいて、原審は、本件社員総会決議が会社経営の実権の移転という重大な事項にかかわるものであり、かつ、その決議に関する比較的軽微な瑕疵の存否ではなく、決議の存在そのものが問題とされている以上、被上告人の本件訴の提起を権利の濫用であるとして排斥することはできないとし、被上告人の本訴請求を認容した。
しかしながら、被上告人は、相当の代償を受けて自らその社員持分を譲渡する旨の意思表示をし、上告人会社の社員たる地位を失うことを承諾した者であり、右譲渡に対する社員総会の承認を受けるよう努めることは、被上告人として当然果たすべき義務というべきところ、当時實成安佐子と共に一族の中心となつて上告人会社を支配していた被上告人にとつて、社員総会を開いて前記被上告人らの持分譲渡について承認を受けることはきわめて容易であつたと考えられる。このような事情のもとで、被上告人が、社員総会の持分譲渡承認決議の不存在を主張し、上告人会社の経営が事実上山形夫婦の手に委ねられてから相当長年月を経たのちに右決議及びこれを前提とする一連の社員総会の決議の不存在確認を求める本訴を提起したことは、特段の事情のない限り、被上告人において何ら正当の事由なく上告人会社に対する支配の回復を図る意図に出たものというべく、被上告人のこのような行為は山形夫婦に対し甚しく信義を欠き、道義上是認しえないものというべきである。ところで、株式会社における株主総会決議不存在確認の訴は、商法二五二条所定の株主総会決議無効確認の訴の一態様として適法であり、これを認容する判決は対世効を有するものと解されるところ(最高裁昭和三五年(オ)第二九六号同三八年八月八日第一小法廷判決・民集一七巻六号八二三頁、最高裁昭和四一年(オ)第八二号同四五年七月九日第一小法廷判決・民集二四巻七号七五五頁参照)、右商法二五二条の規定は有限会社法四一条により有限会社の社員総会に準用されているので、右社員総会の決議の不存在確認を求める被上告人の本訴請求を認容する判決も対世効を有するものというべきである。そうすると、前記のように被上告人の本訴の提起が山形夫婦に対する著しい信義違反の行為であること及び請求認容の判決が第三者である山形夫婦に対してもその効力を有することに鑑み、被上告人の本件訴提起は訴権の濫用にあたるものというべく、右訴は不適法たるを免れない。これを適法として本案につき判断した原判決に法令の解釈適用を誤つた違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。したがつて、その余の上告理由について判断するまでもなく原判決は破棄を免れず、更にこれと同旨の第一審判決は取消を免れない。そして、本件訴はこれを却下すべきものである。
よつて、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(岸上康夫 岸盛一 団藤重光 藤崎萬里 本山亨)
上告代理人竺原巍、同山本毅の上告理由
第一点 <省略>
第二点 控訴裁判所は権利の濫用、信義則違反の解釈を誤つた判決をしている。
1 被上告人は有限会社実成薬局が経営不振で営業の続行が困難となつたため訴外人河本弘と相談のうえ、営業譲渡を決意し自ら社員権(持分)譲渡をなし、譲渡の書面まで作成している。
2 被上告人は社員権(持分)の譲受人である山形八重子、山形和三郎から金一四〇万円を受領している。従つて、被上告人が社員権(持分)の譲渡をなしたことは明らかである。
さらに有限会社実成薬局の経営者が変るということから右薬局の店舗のテナント料として津山ショッピングデパートの経営する株式会社成本商事に山形八重子は金三六〇万円を支払つている(賃借人の名義切替料に準じるもの)。そして建物の貸主にその旨(譲渡)の許可を受けておる。
3 右の次第で経営の譲渡については当事者間においても、第三者との関係においても全て有効になされているのである。ところが右薬局は有限会社の法人組織であることから、たまたま譲渡の承認について社員総会が開かれていないことに目をつけ、これを奇貨として前記譲渡を無効にせしめんとして被上告人が本訴を提起したのである。
それというのも譲渡により経営者が変つてからは新しい経営者の種々の創意工夫により、経営方法も改善し、その結果経営も順調に行き、現在まで経営し続けている。この順調な経営に被上告人はねたみを持ち、何とかして右薬局を取戻したいと考えあぐねた末、社員総会の決議の瑕疵に気付き、今に致つて本訴を起こしたのである。被上告人の本訴提起は次の点より権利の濫用、信義則違反が明らかであり、認容されるべきでない。
(イ) 前述の如く、有限会社実成薬局なるものはその実体が実成多加代の個人経営で、他の社員は単なる名義だけに過ぎないもので、その運営といつても社員定時総会が招集されていたわけでもない。有限会社実成薬局なるものは全く個人営業の形骸に過ぎない。
さすれば法人としての実体も組織もないのに、本件の譲渡承認についてのみ社員総会が存在しないと主張するのは明らかに権利の濫用である。本訴を起こした動機を考えるとなおさらその感が強い。
(ロ) 被上告人は自ら社員権(持分)を譲渡し、譲渡書面に署名捺印しておきながら、その本人が本訴を提起することは信義則に反する。本来なら譲渡人は譲受人に完全な権利が帰属するようにする義務を負担しているのであり、特に本件の場合は同族会社であり、被上告人の個人会社であるから完全な権利の移転は十二分に可能である。自ら債務不履行をしていながら本訴を提起するのは明らかに信義則に違反する。
(ハ) 社員権の譲渡は昭和四七年五月二八日に行なわれ、商号変更(社名を有限会社ケンコー薬品と変更)は昭和四七年六月一一日で、直ちに店頭の看板の商号も書き替えられている。
ところが本訴の提起は昭和五〇年五月一四日である。そうするとその間三年間は経過しておる。
山形八重子が被上告人実成多加代から営業権を譲受け、直ちに被上告人に代つて山形八重子が店舗に入り、ずつと三年間も経営し続けているのである。この事実、行為をどう見たらよいのであろうか。今更形式的な総会決議が無かつたとして被上告人に経営させるというのであろうか。これが正義にかなうものであろうか。
控訴裁判所は余りにも形式にとらわれ、実質的な取引内容、取引実情を無視している。
よつて原審判決は破棄されるべきである。